Numazu,Mishima,Kakegawa,Hamana-ko in Shizuoka
静岡県 沼津、三島、掛川、浜名湖
2007 May
「今気になる美術館がいくつかあって、そのほとんどが静岡にあるんだ。」
そんな会話から始まった静岡への旅。気持ちのいい5月の空気の中、静岡のアートと食、美しい自然を堪能。
東京から新幹線で一時間半。三島に着くとクレマチスの丘へ向かう。ここは「花・美術館・食」をコンセプトにした複合文化施設。フランスの巨匠ベルナール・ビュフェの美術館、ビュフェこども美術館、井上靖文学館、ヴァンジ彫刻庭園美術館、日本画家・木村圭吾のさくら美術館が併設され、気持ちのよいテラスのあるレストランや、広場でお茶を楽しめるスペースも。
夕方に着いたので今回は美術館には行かずに、「庭園バサラ」という和風懐石料理屋へ。外から吹いてくる風は空気が軽く澄んでいて、そよそよという木々の音も心地いい。ここで味わったのは、地元静岡の食材をふんだんに使った料理。かまどで炊いた、静岡特産物の桜えびのごはんや炭火で焼いた魚や肉、みずみずしい野菜。一品一品に心がこもっていて、素材の味が生かされている。料理の最後に出てきたのはシェフが北大路魯山人の作品の一つ、色絵の絵の具皿にヒントを得てつくったというデザート。器は本物の日本画用パレットを使い、宇治金時など7品が盛りつけてある。中心にのっている小さなプリンは昔懐かしい味。
翌日は沼津から新幹線で掛川へ。ずっと訪れてみたいと思っていた資生堂アートハウスと資料館へと向かう。アートハウスは建築家の谷口吉生氏による設計で、ガラスの円形と壁の方形の二つの展示室が組み合わさったかたちをしている。エントランスを入って半円形の階段をのぼるとスロープで展示室に続く。展示室同士のレベルは違っていても、スロープで続いているので緩やかで静的。均整のとれた気持ちのいい空間。
企業資料館は明治時代から現代までのSHISEIDOの商品パッケージ、ポスター、CMの展示。美の基準は時代とともに移り変わることを感じる。昔の化粧水のボトルはとてもシンプル。まるで薬の瓶のようなボトルは逆に新鮮で格好良い。アールヌーヴォー様式の絵画のように有機的なデザインも、CGデザインの広告が多い現代にリバイバルさせれば新鮮に映るのではないだろうか。
昼食後は遠州鉄道(通称・赤電)という2両編成のかわいらしい電車に乗り、ゆっくりと移動。途中にのどかな田園風景を眺めながら天竜へ向かう。以前から写真を見て興味をもち、訪れるのを楽しみにしていた秋野不矩美術館へ。
大小の松に囲まれた小高い丘の上、周囲には小さな木の小屋や丸太のテーブルと椅子。まるで絵本の物語の中に迷い込んでしまったような風景だ。藤森照信氏が設計を手がけた美術館は、崖のふちに建っていてもどっしりと安定してみえる。それはきっと建物が自然の一部として周りの風景に溶け込んでいるからなのだろう。大きく飛び出した三角形の木の屋根とざらっとした土壁。日本の湿気のある気候よりもインドの乾燥気候を好んだ秋野不矩氏の美術館だからか、木と土壁からは乾燥した空気を感じた。
「秋野氏の作品を鑑賞するのには裸足がふさわしい」という藤森氏のコンセプトで、美術館に入るとまず靴を脱ぐ。ひんやりとした大理石を裸足で感じながら、木の香りのする通路を通って展示室へ。素朴な砂壁からは建物の呼吸まで聞こえてきそう。展示室にいても周りの松林に住む小鳥のさえずりがきこえる、まるで自然の中にいるような美術館。
オレンジと黄色の平原。大きな黒い雨雲。サリーを纏ったインドの女性。灰色の河を渡る水牛の群れ。様々なヒンドゥー教の神。不矩氏はインドでの生活にインスピレーションを受けたという。これらの絵画は写真で見るよりも、インドの風景の中にある空気を感じることができるような迫力に満ちていた。
旅の3日目の午前中は、湖沿いを散歩したり写真を撮ったりとのんびり。
湖沿いにはキャンプのテントを張ってバーベキューを楽しむ家族連れ、真っ黒に日焼けしてボートを運ぶお兄さんたち、自転車でツーリングを楽しむカップルなど、湖の自然を満喫する人々の姿が。今はまだ5月だけど、夏休みになったらもっと多くの人々で賑わうのだろう。
午後は浜名湖佐久米周辺のハイキングコースへ。神社の横を通り山を登っていくと展望台が。天竜川、浜名湖、周りに広がる 田園風景を一望すると時間が経つのも忘れる。
浜中湖で泊まったのは、湖畔の三ケ日町にある創業明治40年の割烹旅館「琴水」。古くから月の名勝地として知られ、大学教授や文人らがよく訪れるという歴史ある旅館。
宿泊したのは本館から少しはなれた小高い場所にある「離れ」。外廊下に一本だけ天然の木の柱があるのかと思ったら、もともと生えていた木を切らずにそのまま残して廊下をつくったそう。
緑の庭に囲まれた静かな部屋では、慌ただしい日常の時間を忘れてゆっくり。窓からは浜名湖が望め、穏やかな風景が広がっていた。
夕方は美しい浜名湖のほとりを散歩。小さな桟橋のようなものをいくつか見かけた。魚を獲るために設けられたのだろうか。使われていない桟橋はどこかミステリアス。
湖の向こうがピンク色に染まり、昼間は青かった水の色が白く変わっていく。日が沈むにつれて少しずつ変化する湖の色は本当に美しい。
旅の最終日に向かった先は龍潭寺。733年に行基によって創建された遠州の古刹で、井伊家の菩提寺でもある。左甚五郎作の本堂鶯張りの廊下を歩いていると、開山堂の龍の彫刻の迫力に圧倒された。
ここを訪れた一番の目的は、小堀遠州が作庭した庭園を鑑賞するため。江戸時代初期、本堂の北の庭として築かれた池泉鑑賞式庭園は国の名勝にも指定されている。 石組みで滝・渓谷や鶴・亀が表現されている。 岩は地元でとれるチャートという山石が使われ、明るく澄んだ印象。春のツツジやサツキ、秋の紅葉、満天星と四季折々の変化に富んでいる。
変化する庭園を眺めながら縁側でお抹茶をいただくこともできるそう。
次に向かったのは摩訶耶寺。大乗山宝池院で厄払いの観世音菩薩が安置されている。ヒノキの一木彫りだという不動明王像は国の指定重要文化財にも指定されており、小さいけれど迫力がある。世の中が不安定だった平安時代末期の作品で、円満な阿弥陀如来像、千手観音像とともに、当時の人々の仏に対する信仰が感じられた。寛永9年に建造された本堂は入母屋造り5間4間、総ケヤキの巨木で造られたそう。格天井には、法橋関中の筆によって描かれた極彩色の花鳥画が。
庭に出ると蓮の広がる池の向こうに、石組がちりばめられた蓬莱山がそびえる。今まで見てきた日本庭園とはどこか雰囲気が違う。摩訶耶寺庭園は鎌倉時代末期に造られた中世庭園。樹木の植栽を人工的にアレンジして自然の縮図を再構成しようとする近世庭園に対し、大自然の中で精神的な別世界を創り出すのが中世庭園の特徴。石組群と池の地割り、築山が美しく調和し幽玄な雰囲気を醸し出していた。
日本庭園巡りの後は、宿泊していた旅館「琴水」の最寄り駅・天竜浜名湖鉄道の浜名湖佐久米駅へ。のんびりした陽だまりのような駅。近くの老舗鰻屋さん「清水家」で天然うなぎの昼食を味わい、天竜浜名湖鉄道に乗って浜松へ。旅の名残惜しさを感じながら帰京したのだった。
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